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部屋を撮る

夜が涼しいから肌寒いになってきた。

暗室の留守番をしてきた。W氏の所有する暗室は、ワークショップ受講者に開放されていて、参加者は予約をすると暗室を使うことができる。

いつもはW氏が隣にある事務所にいて、受講者と暗室の面倒を見ている。銭湯の番頭みたいに。そのため暗室に入りながら迷ったときは随時アドバイスをもらうことができる。

体のこの部分をもっときれいにしたいのですが、と番頭に相談すると、もう少しお湯につかる時間を長くするといいとか、あまり一カ所にこだわって洗っているとよくないとか、別のところを洗ったら?とか長年の番頭としての見地からそれぞれにあったアドバイスをしてくれる。ちょっと変わった銭湯だ。

W氏が不在のときは近所に住む女性が代行する。女番頭だ。女番頭はコーヒーをいれるのが上手だ。そしてこの女番頭も不在となるときが年に数回あり、そんなときぼくにお呼びがかかる。ということで随分久しぶりに暗室の留守番をしてきた。

暗室は都内の雑居ビルの一室にある。朝、部屋の扉を開けると薬品やその他諸々が混じった独特の匂いがもわっと溢れ出てくる。長年暗室であり続ける部屋が生み出したこの匂いを嗅ぐと、助手をしていた数年のときの記憶が蘇る。心と体がその当時に転送される。つまり一時的に若返ることができる。不思議な部屋だ。

留守を預かる一日番頭は、暗室のセッティングを終えると取り立ててすべきことはなくなる。事務所にある写真集や本を読みながら一日を過ごす。利用者から問い合わせがあれば対応し、解決すればまた事務所に戻る。時間は緩やかに流れていく。

写真集を見るのに疲れてきた頃、思い立って事務所の写真を撮ってみることにした。考えてみると部屋の写真を残していないような気がしたからだ。

ぼくがいた頃と室内はそれなりに変わっている。おおまかな部分は変わっていないが、細部は同じではない。レイアウトも違う。変わっているようで変わっていない、変わっていないようで変わっている。それは多分W氏の印象と重なる部分がある。

ぼくの家の周りも毎日過ごしているうちに古い家が取り壊され、新しい小さな家が建ち、少しずつ変わり続けている。一年、二年と時が過ぎた頃、町の一角が随分変わってしまっていることに気づく。あの頃の写真を撮っていたらなと思いながらも、今日の町の様子を撮ることはない。何かのきっかけで町全体が大きく変わってしまうこともあるかもしれないのだから、たまには写真を撮っておくのも大切な気もする。

この日はすばらしい秋晴れで、空気もカラッとしていてすがすがしい日だった。簡単に掃除と片付けをしてから写真を撮った。部屋とじっと向かい合って写真を撮る。できるだけ客観的に撮りたいけど、できればきれいに見えるように撮りたいとも思う。その二つの気持ちがお互いに融通しあうところを探す。動かないものを撮る楽しさを感じる。

撮った写真は今すぐ意味があるものではない。おそらく何年かあと、あるいは十数年、数十年あとに何かの意味を持つかもしれない。そんなことを考えながら臨時番頭の一日は過ぎていった。

プロフィール

Author:泉大悟 Daigo IZUMI
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