記事一覧

仲介者になる

今年の夏は思いがけず涼しい。エアコンが壊れている我が暗室に優しい夏。

小さな印画紙の切れ端を見ていると、撮影したときのことを思い出す。前後にあったことやその場所の記憶、カメラの露出なんかも結構思い出すことができる。正確ではないと思うけど。

ちょっとした道の一部、軒先に置いてある椅子、窓ガラスに重なって映る外と室内の風景。写真を撮っていなかったらこうした街の中に存在する、ごくごく小さな部分を今ほど目にしていないと思う。見逃す、見落とす、のではなくそもそも存在に気がつかない。見えない。

ぼくは写真を撮るとき、「光」「対象」「カメラ」という三者のバランスをとる人になる。三者の作る三角形の真ん中に立ち、それぞれが主張する要求を聞き、取りまとめ、それぞれが納得する落としどころを提案する仲介者になるようなイメージ。写真術を支配下に置き、従わせて撮るということではない。

三者それぞれの主張が絶妙な塩梅で混じりあい、ぼくもある程度よい提案をすることができたとき、想像を少しだけ超えた写真ができあがるような予感を覚える。そういう時は一人静かに興奮し、写真やっててよかったなーと嬉しい気持ちになる。一つでもどれかの主張が強いとバランスが崩れ、いまいちな写真になることが多いことが近年判明しつつある。

「光」「対象」「カメラ」のお三方の力を借りて世の中を見ると、自身では気づかないものが見えてきて面白い。写真を構成する要素に自分が従属し、奉仕することの対価として思いがけないものを見せてもらえる。そのためには光や対象との出会いを求めて歩く体力が求められるし、カメラが壊れたり盗まれたりしないよう注意することも求められるが、それくらいならお安い御用だ。

仲介者になる。写真をやっていて面白いと思うことのひとつ。


1708.jpg

プロフィール

Author:Daigo IZUMI /泉大悟
Photographer.

Website
http://www.dizumi.com/
Instagram
izumi_daigo/

ブログ内検索

月別アーカイブ