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冬のイタリアに行く

冬の北イタリアに行ってきた。いつもどおりの画伯との二人旅。行き先はミラノとフィレンツェ、その他周辺の街へ。フィレンツェでキッチン付きのアパートを借り、短い期間ではあるがしばらくそこから動かずに生活してみた。外食はほとんどせず、マーケットやスーパーに行き、パスタやチーズ、野菜やパンを買ってきてアパートで食べた。

今回初めて冬にヨーロッパを訪れた。今までは夏前、夏至の頃に旅行することが多かったのだが、冬も体験してみたいと常々思っていた。滞在中は曇りの日が多く、すっきりと晴れるような日はなかった。小雨もよく降り、雪も舞った。寒さは東京とほぼ同じくらい。湿度があり、しっとりとしていた。

しっかりと着込んで手袋をして街を歩く。遠景はもやがかかっているのか淡く、薄い膜に包まれているかのように見える。色が少なく、街全体がどこかモノトーンになっている。出歩く人も、観光客の数も多くなく、音も少ない。有名な美術館も並ばずに入ることができる。様々な面で夏よりもずっと落ち着いていて、その静かな雰囲気がとてもよかった。これからはヨーロッパに行くなら冬に行こう。ぼくも画伯も冬のイタリアがすっかり気に入ってしまった。

かねてから見てみたいと思っていたイタリアの霧も見ることができた。フィレンツェからヴェネツィアに向かう列車乗っていると、飛行機から見る雲のような白い塊が車窓の向こうの畑を包み込んだ。目をこらすと等間隔に植えられたひょろっとした樹々が微かに見える。車内の人たちは何事もなくスマートフォンを眺めたり居眠りしたりしている。その中で一人これがイタリアの霧か…!と密かに感激していた。できることなら今すぐこの高速で走る列車を飛び降りて、霧に包まれた畑の中に入ってみたかった。どんな風景がそこには見えるのだろう。

旅行に出ると早起きになる。夜明け前に起きだして、写真を撮りに外に出かける。早朝の街を歩くのは大好きだ。冬のイタリアのいいところは、夜明けが遅いことだった。夏に来ると日の出が4時くらいと早いのでつい寝不足になってしまう。この時期夜明けは7時過ぎ。おかげで寝不足になることなく薄暗い街を存分に歩くことができた。

6:45、アパートを出て街灯の明かりの下を歩く。空は深い群青色になってきている。少し歩くと広場に出る。左手を見るとライトに照らされたサンタ・クローチェ教会。広場には人気がなく、清掃の車が走っている。雨に濡れてところどころに水溜まりができている広場を横切り、国立図書館の横を抜けると開けた空が見える。ヘッドライトを点けた車が数台通り過ぎるのを待ち、道を渡るとアルノ川に出る。まだ暗く、街灯が水面に映っている。

左手を見ると山が、右手を見るとグラッツェ橋が見える。橋に向かって歩きながら振り返ると山の向こう、分厚い雲の向こうが少しずつ明るくなってきて、山火事でも起きているかのような燃え盛る赤色に染まっていた。7時過ぎ、街灯がフッと一斉に消える。冷たい川の風が気持ちがよくて、滞在中は毎日朝のアルノ川を見に行った。

帰国後、須賀敦子の本「霧のむこうに住みたい」をパラパラと読み返していると、フィレンツェの話が出ていた。フィレンツェから「持って帰りたい」ものをあげているのだが、その中にこんな「持ち帰りたいもの」があった。

“あの冬、雪の朝、国立図書館の前を流れていた、北風のなかのアルノ川の風景”

多分これは自分が毎朝歩いていたあの場所のことだ。数十年前、須賀敦子が見ていた冬の朝はどんなだったのだろう。思いがけず同じ場所を好きになっていたことに、少し光栄な気持ちになった。

プロフィール

Author:泉大悟 Daigo IZUMI
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