記事一覧

191203

冷蔵庫がからっぽになってきた。

来年の展覧会用のプリントを作った。

作ってはみたものの、それらの写真がいいのか悪いのか、よくわからない。これは始めたときからずっと同じだ。いいか悪いかはわからないけど、恥ずかしいものではない。

自分で写真を撮って、現像して、選んで、プリントする。すべて自分で決めているから、わからないなりにも、言葉にはうまくできないながらも、なんとなく納得できる水準というものがある。

それははっきりしたものではない。そのときの気分や好み、読んでいる本や好きな人の作品など様々な影響をうけて決まる心もとない、あいまいなものかもしれない。

プリントがまとまると画伯に見せる。画伯は写真にめっぽう詳しい!というわけではない。ごくごく一般的な目線で見ている気がする。ともに旅行をして、ともに生活をしているわけだが、やはりぼくと同じようにこれがいいのか悪いのかはまったくわからない。作者でない分わからなさは上かもしれない。

お互いに展覧会を定期的に行っていることもあり、ぼくの知り合いが画伯の展覧会に来てくれたり、その逆もあったりと人的な交流がすすむうちに、共通の知り合いが少しずつ増えてきた。

オープニングパーティーなどで、知り合いが画伯にぼくの写真について説明してくれるようなことが度々あった。会話の内容までは聞こえてこない。少し離れたところから、その人と画伯がワインを片手に何かを話している様子を眺める。

ぼくの写真はどういうものなのか、それを第三者の口から聞く。いくら自分で説明をしても何かが違う。近い人が説明をしてもどこか説得力に欠ける。距離がときに必要になる。

ぼくはそういう話を画伯にしてくれる人がいることを嬉しく思う。誰かのことを、我が事のように丁寧に、わかりやすく、そして楽しそうに話してくれる人は得難いものだと思う。適切な言葉が見つからないが、そういう人にぼくは優しさを感じる。

思いがけず今年の展覧会で会うのが最期になってしまったとしても、できれば来年も、その次もまた展覧会を見てもらいたいと思う。いいか悪いかはわからないが、ゆっくり見てもらいたいと思う。

ぼくからは一方的にそう思うしかない。実現することはないとしても、そう思うしかない。

プロフィール

Author:泉大悟 Daigo IZUMI
Website
http://www.dizumi.com/
Instagram
izumi_daigo/

ブログ内検索