恍然大悟

部分を見る

Posted by 泉大悟/Daigo IZUMI on  

作品の部分を見るのが好きだ。

美術館などで大きな絵画を眼の前にしたとき、近い位置から細部を見る。その細部が妙に好きになってしまうことがある。

フィレンツェでジョットの作品を見た。全体を離れた位置から見た後、描かれている花瓶の部分を見た。ぼくはモランディの作品が好きなのだが、モランディはジョットの作品の細部をよく観察していたと何かの本で読んだことがある。その情報があったので花瓶をじっくり見てみた。するとその花瓶は確かにモランディ的で、ああモランディはジョットの花瓶を持ち帰ったのかと思った。

ベルギーのゲントではファン・エイク兄弟の祭壇画を見た。とても大きな作品。離れてみると映画館のような迫力があった。ここでも細部を見てみると、そこに描かれている草木、特に人々が立つ足元の植物がすごくよかった。この足元の植物を拡大して額に入れて飾りたいくらいだった。

部分を見るのは楽しい。図録に細部が拡大されていると嬉しくなる。理由はよくわからない。壮大なイメージだと部分だけでも十分満腹感を得られてしまうのかもしれない。

部分はいい。ならばとぼくもインスタグラムで写真を出すときに細部を出してみることにした。

暗室でプリントしたものの中には、セレクトから外れるもの(ボツ写真)がある。多くある。というかほとんどボツと言っていいかもしれない。

その中にたまに「この部分だけはいいね」と思うものがある。全体では残念ながらダメだったけど、細部はいいんじゃないの?という写真。そんな写真の部分を撮って投稿する。

それはボツ写真を眺め直す機会であり、また部分を見るのが好きな人のささやかな遊びでもある。


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ジョット作品。ぼくは左の花瓶が好き。
荘厳の聖母


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